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影評

[映画評]沢田研二の目に宿る生きものの「光」…中江裕司監督「土を喰らう十二ヵ月」


庭の畑を耕し、土の恵みを丁寧に料理して日々の糧にする。めぐる季節の一部として生きながら、思考をめぐらせ、物を書く――。窓から北アルプスをのぞむ信州の山荘で、1匹の犬と暮らす作家「ツトム」の1年間を、沢田研二が演じる。監督・脚本は、「ナビィの恋」「盆唄」の中江裕司。

原案は水上勉の料理エッセー
少年時代を禅寺で過ごし、精進料理を覚えた作家の水上勉(1919~2004年)による料理エッセー「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」などが原案。ツトムのモデルは明らかに、長野県の山荘での田舎暮らしを愛した水上だが、物語はフィクションだ。

とはいえ、時間をかけて撮影された四季の風景と、素材の持ち味を生かした手料理の魅力、引力は半端なく、見ているこちらも季節の移ろい、命の循環の中に身を置いているような気分になってくる。大友良英による音楽もいい。冒頭から流れ出すフリージャズに面食らいつつ、心浮き立つ。

映画のために畑を開墾、料理は土井善晴
撮影場所は、人が住まなくなって50年近くになるという、白馬の廃村。残っていたかやぶき屋根の屋敷をツトムの山荘として使っている。使い勝手の良さそうな台所は、撮影にあたり、土間を改造してつくられたもの。屋敷前の畑も、クマザサが茂る空き地をスタッフが開墾し、撮影時に収穫できるよう作物を丹精込めて育てていったとか。ほかにも二つの畑を作り、映画に出てくる野菜をまかなったのだという。原案に出てくる季節の味わいを再現し、沢田への料理指導も担当したのは、料理研究家の土井善晴だ。

季節の移ろい、人生の四季
で、物語。ツトムは13年前に妻を亡くしたという設定。時折、料理と酒を一緒に楽しむ相手は、東京からやってくる担当編集者の真知子(松たか子)。2人の間には、男と女の微妙な気配。彼女は年の離れた恋人でもあるようだが、ツトムのかたわらには、まだ妻の遺骨がある。

季節の移ろいとともに、ツトムにとって大切な人の存在が料理の味わいと一緒に去来する。義母(奈良岡朋子)との飾り気のない食事。かつて世話になった住職の娘(檀ふみ)が運んでくる年代物の梅干し。通夜の場にぎゅっと集まる死者への思い。感じのいい歳時記を見ているようだなと思ったりもするが、それだけの映画ではない。

一年の四季は、やがて、ツトムの人生の四季とつながって、物語の世界がぐわんと広がる。秋はただの秋でなく、人生の秋になる。そして、ツトムが死を間近に意識した時、その生が強烈に照らし出される。ぐいと映し出される沢田の顔、その目に宿る光。ものすごいものを見たと思う。女といる時よりも色っぽいとも思う。

「イヤな死」と仲良くしていくには
生まれてきたからには死んでいくのがことわり。でも、大抵の人は死ぬのがイヤだ。自然の循環と溶け合って生きる暮らしを実践する男であっても、だ。この映画は、その人間くささをきちんと描いているからこそ面白い。そして、本当の意味でやさしい。どうすれば、「イヤな死」と仲良くしていけるか。ちゃんと生きていけるのか。ツトムと一緒に見つめていけるのだから。

何かを手放した時、その空白を埋めるものはきちんとやってくる。それは願ったものではないかもしれないけれど、やってくる。そして季節はめぐっていく。その残酷さとやさしさの中で生きていく人の姿。終幕の沢田の姿がいとおしく映る。(編集委員 恩田泰子)

◇ 土を喰らう十二ヵ月 =上映時間1時間51分/配給:日活/制作:オフィス・シロウズ=11月11日から、東京・新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他にて全国公開

原文出處 讀賣新聞