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元関脇琴富士の小林孝也さんが60歳で死去 協会退職後は波瀾万丈の人生も最後まで愛した相撲


大相撲の元関脇琴富士の小林孝也さんが脳梗塞で死去したことが9日、分かった。60歳だった。力士としては1991年(平3)名古屋場所では平幕優勝を果たした。日本相撲協会退職後はタレントに転身。4年前に脳梗塞を起こし、自宅療養を続けていたが、8日午前7時43分に死去。当日に通夜、9日に葬儀が近親者のみで執り行われた。

小林さんは千葉県出身。中学卒業後に佐渡ケ嶽部屋に入門。80年春場所で初土俵を踏んだ。91年名古屋場所では東前頭13枚目の位置から14勝1敗で平幕優勝。その後はケガなどに苦しみ、95年秋場所を最後に引退。99年名古屋場所限りで日本相撲協会を退職した。

退職後はタレント、焼き肉店の店長などを務めたが、ギャンブルにはまり、極貧生活を送った。6年前には家賃5万円の6畳アパートでの生活がテレビ番組で取り上げられたこともある。その後は前向きな気持ちを取り戻し、近年は自身のYouTube「琴富士チャンネル」も開設し、リラクセーションサロンも開いていた。

新たな人生がスタートしたころに病魔に襲われた。もともと糖尿病は持病だったが、2021年1月に心臓のバイパス手術を受ける直前に脳梗塞を発症。頭蓋骨の一部を取り外す手術を受けた。同年9月には誤嚥(ごえん)性肺炎で生死をさまよった。その後は自宅療養が続いた。千葉・幕張中学の同級生で妻の篠原弘美さん(60)によると、脳梗塞の手術後から会話はできなくなったが、意思は伝わり、喜怒哀楽もあったという。しかし、昨年10月には意識もなくなり、今月8日に息を引き取った。

自宅療養を続けて約4年。看病してきた篠原さんは「よく頑張ったと思います。本来なら脳梗塞の手術直後に亡くなってもおかしくなかった。看護婦さんからは“強い”と言われました」と話す。倒れる前は子供たちに相撲を教える活動が生きがいで、一時は依存症に陥ったギャンブルも封印。「いつも相撲中継を見ていた。相撲にかかわることがうれしかったようです」と振り返った。現役引退、日本相撲協会退職後は極貧生活をテレビで取り上げられるなど波瀾(はらん)万丈の人生を送ったが、最後まで相撲を愛していたことは間違いないようだった。

◆琴富士孝也(本名・小林孝也)1964年(昭39)10月28日、千葉市生まれ。市立幕張中卒業後、80年春場所で初土俵を踏んだ。86年九州場所で新十両、88年秋場所で新入幕。190センチ超の長身を生かしたスケールの大きな取り口で東前頭13枚目だった91年名古屋場所では初日から13連勝し、平幕優勝を飾った。95年秋場所で引退。粂川親方として後進の指導をしていたが、99年名古屋場所限りで日本相撲協会を退職した。その後はタレント、飲食業、リラクセーションサロンを経営した。

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原文出處 nikkansports